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「大きな鳥にさらわれないよう」川上弘美

泉鏡花賞 川上弘美

久しぶりに小説に手を伸ばした。川上弘美、久しぶりに読む。就職以来、小説を読むことの意欲が日々すりへっていくような、失われていくような感覚が薄まった、感じ。

 

文学に救われる暇なんてねえ!疲れた!寝る!仕事!のルーティン。川上弘美の「ゆるい文体」を手に取るくらいだったら、巷のビジネス書で簡単に自己啓発されていた方が気持ちも楽だしね、な日々を送っていましたがしかし。

 

突如として川上弘美のゆるい文体を読みたくなった。単に疲れてた。

そして読んだら、感動した。

 

内容としては、人口知能やら宗教やら近未来やらの要はSF小説なんですが、ラストの一文がガツンと染みた。

 

どこにも届かないかもしれない祈りを、静かに祈るのである。 

 

ラスト一行の「祈り」の切実さは、物語を最後まで読んだ人にしか分からない。

人類は進歩して、いろいろなモノやコトを生み出して、その最果でどんな結末を迎えるのか、なんて大袈裟に思える世界と、寝て起きて仕事に行く「今」をつなぐ小説です。

 

「~すれば、あなたは救われる」というロジックに「祈り」が組み込まれていくのではなく、祈りたいから祈る。宗教から、遠く離れたところで。

 

舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」という小説の冒頭の一節。

 

愛は祈りだ。僕は祈る。

 

が、「大きな鳥にさらわれないよう」のラストの祈りに通じてる。

 

だから祈る。明日からの仕事も、日々何事もないよう、なんとかなるように。定食のメニューがおいしいものであるように。ぐっすり眠れるように。がんばるか。

「葛城事件」

田中麗奈が演じる「善」とても「嫌い」だった。

 

死刑制度に反対だ、それは人間の可能性をゼロにする。そのとおり。

綺麗事を発信して貫き生きることで、自らの人生が「綺麗事」では済まなくなる。

 

死刑囚と結婚し、自分の人生を擲ってまで、「綺麗事」を貫く姿は、いたたまれない。

崩壊していく家族よりも、みていられない。

 

ラストに「あんたそれでも人間ですか」と言い放つ。

この言葉は「人間が尊厳のある生き物だ」という確信を持つことのできる、まっすぐに生きている人の言葉。

 

三浦友一がラストに麺をすする音が、その答えだ。それでも、人間だ。